いざというときに役立たず


※R18気味です。

 カリッと鎖骨の辺りを噛んだ成歩堂は、そのまま衿を口で引き寄せる。
「ちょ…何して…。」
「手塞がっているから、大人しくしててね。」
 何の問題もないように言い置いて、胸元の釦にその舌を絡めた。
 釦穴から器用に舌でもって釦を外していくのを、呆気にとられて見ている響也の眉間が寄る。綺麗な額に刻まれた皺は、しかし直ぐに溶解した。そうして、響也の顔は盛大に赤に染まる。
「も、いいから離してくれよ、手退けてくれ…!」
 俄に、身を引いた響也に何が起こったのかなど、成歩堂には手に取るようにわかった。わかったが、逃がしてやるつもりはない。
 こんなに、可愛いところを見せられて、黙っていられる訳がない。
「どうしたの?」
 すっとぼけた声で、今度は、徐に肌に舌を掠めた。うっと息を詰める様子が堪らない。どうかしてるんじゃないかと思うくらいに、この年下のオトコノコに心奪われているらしい。
 胸の中にぶわと溢れる想いは、別の場所をも肥大させる。スウェットのズボンは無駄に締め付けはしない代わりに、ドンドンと己を主張していくそれを野放しにしてしまうのだ。
 
「ああ、ごめん。響也くん、やりたくなっちゃった。」

 つい本音が口をついた。さっきまでトロンとしていた響也の表情が正気に戻る。
「な、何言って…! 僕は今日はこれから仕事なの知ってるだろう? 出来るわけないだじゃないか、昨日だってあれだけ…。」
 恥ずかしくなったのか、叫びは其処で止まったけれど言外に昨日も盛ったくせにと続けられても、今の状況は変わらない。君が可愛すぎるから仕方ないんだ。 そう心の中で言い訳をして、掴んでいた彼の手を確たる証拠に押し付けた。
 
「でも、静まんないよ、これ。」

 正気の顔は、ぎょっとした表情に変わった。抵抗しようと動かす響也の手の動きに、不埒な想いは大きさを増す。布越しに熱が伝わるのか、彼の顔がいっそう紅潮した。だから、そんな表情も充分に僕を煽るんだよと成歩堂は苦笑した。
「…あんた…ちょ…その。」
 同性なのだから、成歩堂の切羽詰まり具合は容易にわかるのだろう。響也は困った顔で視線を落とす。
「でも、僕は無理、だってば…。」
 弱々しい言葉は響也の本音だ。昨夜の己の所業を振り返り、確かにこれ以上は無理だろうと納得する。
 どんなに自分の欲望が、彼を組み敷いてねじ込んで突き上げてる事を要求してきても、これは叶えてやれない。言葉で責めたり意地悪をする事が決して嫌いじゃない。でも、基本的には僕は彼に惚れていて、苦痛に歪んだ顔が見たい訳では決してない。

 響也の手を掴んでいた腕を外し、成歩堂は金の髪を撫でつける。手触りの良い糸を指に絡めたまま、唇に指先を滑らせた。柔らかで滑らかな感覚が堪らない。
「…だったら…ね? 響也くん…。」
「え…それって…」
 このお強請りで、響也が憤怒に変わる事も予測は出来た。でも、本気に切羽詰まっていたし、だからと言って、彼に負担を掛けるのは嫌だ。
「恋人が横にいるのに、一人で抜くから待っててね、なんて失礼な事は言えないけど、響也くんに負担を掛けるのも嫌だから…駄目かい?」
 澄んだ水色の瞳が値踏みをするように見つめている。自分はどんな顔をしているのだろうかと成歩堂は思う。切羽詰まった、きっと情けない表情には違いない。格好悪い事はこの上ないだろう。
「ごめん」
 詫びると、響也はむっと顔を歪める。
「…ごめ「…いいよ。」」
 やはり機嫌を損ねたらしい。終わった後でどうフォローを入れるべきかと考えあぐねていれば、腕を引かれて椅子に座らされた。躊躇う事ない響也の手が、ズボンと下着をずり降ろす。ぶるりと重力に逆らうものが揺れれば、彼は大きく息を吐いた。

「…なんていやらしい顔するんだろうね、アンタは。」

 …その気になるほどには、欲情してくれたらしい。と気付き、成歩堂は目尻を紅く染めた艶やかな響也の顔に、深く屈みながら口付けを落とした。


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